※下記の記事は2021年6月1日に「月刊ニューメディア2021年7月号」に掲載されたものです。
(構成:高瀬徹朗・メディアジャーナリスト、写真提供:EIZO)
EIZOのクリエイティブ市場向けカラーマネージメントモニター「ColorEdge CGシリーズ」が2021年2月、映画芸術科学アカデミー主催「アカデミー科学技術賞」技術貢献賞を受賞した。世界のトップクリエイターたちから高い評価を得て、映像制作技術の歴史に刻まれたのである。特長の一つである内蔵型の自動キャリブレーション技術を軸に、ColorEdge CGシリーズはどのようにして生まれ、アカデミーで受賞するまでに成長したのか。受賞メンバー4人に聞いた。
カラーマネージメント性能を未知数の映画界へ提案
アカデミー科学技術賞の技術貢献賞での受賞、おめでとうございます。
受賞メンバー ありがとうございます!
映像技術開発部主幹エンジニア・上野幸一氏 映画芸術科学アカデミーから贈られるアカデミー科学技術賞は、ご存じのアカデミー賞の部門の一つで、映画界に貢献した重要な技術を生み出した企業・技術者に授与されます。大変な栄誉であるとともに、我々のように映像制作との関わりが“若い”企業にとって、世界中のクリエイターの確かな信頼を得ることにつながり、より多くのユーザーに我々の製品を知っていただく貴重な機会となりました。
米・ハリウッドで高い評価を得たわけですが、参入したきっかけを教えてください。
上野 映像制作向けの製品を投入していくにあたり、最初に考えたのはテレビ放送の番組制作でしたが、我々が最も重視していたカラーマネージメントへの需要は少なく、さらに、視聴の最終にある民生用テレビ受信機の仕様に左右される部分が大きいため、ターゲットとなりえませんでした。そこで、3DCGやVFXなどコンピュータを使った制作が主流で、カラーサイエンスがベースにある映画制作分野をターゲットにしました。
映像技術開発部主幹エンジニア・米光潤郎氏 モニターのデバイスがCRTから液晶へ切り替わる中で、クリエイティブな分野に液晶モニターを持ち込めないかと考えました。カラーマネージメントの観点からすると、CRTは色味の変動が激しいデバイスで、使用中に人が認識できるほど色が変化してしまうことが大きな問題点でした。一方、液晶デバイスは動画性能などの面ではまだ進化途上でしたが、色味の変化という点ではCRTよりもはるかに優れていたことや、今後の発展性があったことからクリエイティブ分野へ投入することを提案しました。
企画部シニアプロダクトマネージャー・中島賢人氏 映像制作への参入を目指して2005年からNABに参加していますが、2006年にAutodesk社のポスプロ向けシステムの標準モニターに「ColorEdge」が採用されたことで、一気に制作現場での認知が広がりました。
クリエイティブ現場との信頼関係づくりを重視
技術貢献賞の受賞ポイントを説明してください。
上野 ColorEdge CGシリーズの特長である、①画面の色や明るさを測定するキャリブレーションセンサーを内蔵した自動キャリブレーション、②画面表示の輝度・色度ムラを抑えて表示均一化を図る独自技術であるデジタルユニフォミティ補正回路、③他のソフトウェアと連携を容易にするSDKの提供、という3つです。当社としては、これらを実現するために必要な数々の独自技術やノウハウ、製造工程における技術力を評価していただいたと考えています。
EIZOのものづくりとして考えたことは何でしょうか。
モジュール&ものづくり統括部シニアエンジニア・作田淳治氏 大事にしたことは、ユーザーをパートナーとして捉え、その要望をしっかりと聞いて製品づくりに徹底して反映させることです。メディカルモニターですでに取り組んでいましたが、映像制作分野では、規格自体は多いものの医療分野ほど数値で示される明確な基準があまりありません。ですので、クリエイターの制作意図を正確に理解し、製品仕様に反映させていくことに努めました。
クリエイターとの信頼関係づくりで、どういった工夫や努力がありましたか。
中島 意見や要望をヒアリングする場合、製品説明と異なり、深い知見が求められます。そこで、開発エンジニアの上野や米光を同行させ、より深い情報交換を通して信頼関係づくりに尽力しました。
エンジニアとして現場の意見などから気づかれたことは何でしょうか。
米光 日本での経験ですが、両者の間に共通言語がなかったことに気づきました。当初は相手が「何を言っているのかわからない」ことがありましたので、質問を投げて答えを聞きながら、自分たちの言葉に置き換えていきました。こうして徐々に共通言語を見つけていったのです。この方法は、海外のディスカッションでもプラスに働きました。
製造工程での徹底したEIZOのこだわり
EIZOの強みとして一番に何を挙げますか。
中島 すべての製品をEIZOグループで生産していることです。国内市場のモニターはすべて石川県内の自社工場にて生産しています。また、当社は多岐分野にわたる映像機器を開発・生産していますので、シナジーを発揮することができます。
![]() 高精度センサーでの表示校正作業 |
![]() 測定・調整工程を自動化した本社工場 |
![]() 内蔵のキャリブレーションセンサーとモニターは工場で正確に表示校正される |
モニターの製造において重要な工程を教えてください。
作田 生産ラインにおいてモニターの組立後、一定時間電源オンの状態で表示を安定させる「エージング」という工程を重視しています。このエージングが、その後の工程で、デバイスの特性を正確に把握しつつ調整するために重要な役割を果たすからです。ColorEdgeでは、エージング時間を一般的なモニターの倍以上設けることで、より厳密な調整に備えています。
次の工程の「調整」は、ColorEdge特有の工程です。調整前の液晶パネルは、画面の中央と端で、明るさや色味にばらつきがあります。このばらつきを補正する当社独自技術が上野が先に②で語ったデジタルユニフォミティ補正回路(DUE)です。エージングを終えたColorEdgeは暗室で専用測定器を使って厳密にこの調整を行い、画面の均一性を高めます。
同一の部品、ユニットで構成されていても、モニターの表示には個体差が生じ、同じ見え方にはなりません。それを製品仕様・規格に適合するよう調整するために、画面の複数箇所を専用計測器で測定し、ガンマ、ホワイトバランス、輝度を調整しています。
これらの工程により、個体差の少ない厳密な色表示ができるColorEdgeが生産されます。
2016年からは製造工程を自動化されたそうですが、人による手作業の工程とのバランスをどう生かしているのですか。
作田 できるところからディープラーニングAIを投入した最新の自動化ラインを導入しました。ColorEdgeは少量多品種生産を行っているため、機種ごとに調整レシピを作り、それに従がって各機種をアウトプットできる体制が整っています。
一方、ColorEdgeではCCDカメラでの自動検査は行っていません。ColorEdgeは厳しい目を持つクリエイターがユーザーですので、画質や階調の全検査が熟練の専門スタッフによる厳しい目視検査になります。特に黒や低階調部の品質が重要なので暗室で検査を行います。
![]() 目視による厳密な最終色確認の様子 |
高い評価受ける自動キャリブレーション
米光 ColorEdgeはリリース当初から「キャリブレーションの時間が短い」という点が高く評価されていました。他社のキャリブレーションソフトと比較して「時間が短すぎるけど大丈夫か」という声をいただくほどでした。この特長の背景にあったのが、モニターの潜在能力を極限まで引き出す製造工程でした。
そこから「自動キャリブレーション」へどう進んだのですか。
米光 キャリブレーション時間が短いことが絶対的正義という評価の背景がある中で、キャリブレーションの作業をなくしていく方向が求められると判断しました。もともとはメディカルモニターにモノクロセンサーを内蔵した経験があり、ColorEdgeではカラーセンサーを内蔵させる話も進んでいたのですが、ニーズが高いのであれば自律的にモニターをキャリブレーションできるようにすればいいのではないかと考えたのです。
自動化はネットワーク上のモニターで一括管理という新しい活用につながっていきました。
上野 キャリブレーションを含めたモニター自体の調整は、クリエイターよりも管理者側が気にしている面もあり、管理者が集中管理できればワークフローの改善にもつながるわけです。それで開発したのが映像制作向けのColor Navigator(ColorNavigator NX、現在はColorNavigator7に統合)でした。1台のノートPCで複数台のモニターの調整情報を管理できるようにし、ネットワークでも管理可能としました。
中島 背景として市場のトレンドがあります。CGやVFXの利用が増えたことで、制作会社によっては数百台単位のコンピュータ端末が使用・管理されるケースがあります。また、制作拠点の中心が米ハリウッドでも、関係するプロダクションが海外に散在するケースも増えてきました。こうした制作環境の変化に対し、エンジニア一人一人の作業量を減らしたり、ネットワーク経由で同じ設定に一括で調整できることで、最も新しい制作ワークフローに合致したソリューションとして導入していただけるようになりました。
目指す究極は「キャリブレーションフリー」
今回の受賞で将来のビジョンづくりに一層の自信が持てるのではありませんか。
上野 これまでの取り組みの最終形として将来的には「キャリブレーションフリー」を考えています。調整なしで、スイッチを入れたらモニターのコンディションが整っている形が将来の目標です。
米光 自動化でユーザーの手作業をなくすことを目指しましたが、さらに踏み込んでモニターからキャリブレーションを見えなくすることは、進化の正しい方向性ではないかと考えています。
作田 デバイスの特性を考えると難しい面があるとは思いますが、一歩でも実現できるように努力したいです。
中島 他のビジョンとしては、受賞の評価としても挙げていただいたSDKの提供を通じ、他システムとの連携を一層容易化し、ColorEdgeがその一部となることです。OTTの躍進によって制作されるコンテンツは増加していますし、新型コロナの影響で撮影ロケが減少したことで、CG活用の機会も広がっています。今回の受賞をさらなる飛躍へのきっかけとし、映像制作市場の発展に寄与することができればと考えています。
受賞を機に、クリエイターが作品の制作意図を正しくユーザーに届けられるためのカラーマネージメントモニターとして進化させてください。