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第3回 スペック表記に潜む落とし穴──応答速度の虚像と実像

今回は応答速度について解説する。液晶ディスプレイのスペックでは注目度の高い数字だが、現在のスペック表記は誤解を招きやすく、実際の性能を正確に表しているとは言えない部分がある。 そこで、応答速度に関する現状を整理しつつ、スペックを上手に読む基礎知識を紹介しよう。

  • 下記の記事は2005年8月5日に「ITmedia流液晶ディスプレイ講座I 第3回」に掲載されたものです。

液晶ディスプレイにおける応答速度の意味

 液晶ディスプレイの応答速度とは、画面の色が「黒→白→黒」と変化するときに要する時間だ。 単位には「ms」(ミリ秒、1msは1秒の1000分の1秒)が使われる。応答速度が「12ms」の液晶ディスプレイは、画面の色が「黒→白→黒」と変化するときに12msの時間がかかるということだ。

 

 単位から見れば「応答時間」と呼ぶほうが正しいのだが、現在は応答速度という呼称が定着している。ちなみに「速度」は、単位時間あたりの変動量を表す。身近なところでは、自動車の速度が分かりやすい。 60km/hだとすると、1時間(単位時間)あたり60km(変動量)進むという意味である。

 

 応答速度が高速な液晶ディスプレイは、画面の切り替わりが速い描画、すなわち動画やゲームに有利だ。 応答速度が低速だと、画面の「色」の切り替わりが遅いため、画面内で何らかの物体が動くときに、その物体の残像感やぼんやり感となって現れる。 応答速度が高速だと、物体の動きが速い動画やゲームでも、くっきりシャープに感じられるというわけだ。

応答速度が高速な液晶ディスプレイ
応答速度が低速な液晶ディスプレイ
応答速度が高速な液晶ディスプレイ(上)と低速な液晶ディスプレイ(下)の見え方のイメージ例。 高速な液晶ディスプレイだとくっきり見える物体でも、低速な液晶ディスプレイだと周囲に残像が現れてぼんやりしてしまうこともある

スペック表記に潜む落とし穴

 最近はPCで動画を見る機会が増えていることから(もちろんゲームも)、高速応答の液晶ディスプレイが好まれている。少し前は「25ms」程度の製品がほとんどだったが、 「16ms」の製品が登場した頃から一気にヒートアップした。最新の製品では、「8ms」という速さを実現したモデルも増えている。

 

 先述したように、液晶ディスプレイのスペックにおける応答速度の数字は、画面の色が「黒→白→黒」と変わるときの時間だ。 しかし実際の動画やゲームの画面では、「黒」や「白」以外の色が大部分を占める。現在の液晶ディスプレイのスペック表記では、「黒→白→黒」以外の応答速度はまったく考慮されていないのが実状なのである。

 

 さらに、「黒→白→黒」の応答速度が高速だったとしても、それ以外の色の応答速度も高速であるとは限らない。 単純にスペックの数字だけで選ぶと、買ってから「思ったよりくっきり表示されないのはなぜ?」となってしまう可能性も否定できないのだ。

 

 一般的に、「黒→白→黒」は応答速度をもっとも高めやすい色の変化だ。それに対して、中間階調である「グレーからグレー」の色変化では、応答速度は遅くなる。

 

 技術的な話になるが、液晶ディスプレイの階調は、内部の液晶分子に電圧をかけ、液晶分子の「向き」を変化させることで表現している。 「黒→白→ 黒」の色変化は、駆動電圧を最低から最高まで一気に変化させるので、液晶分子の向きが高速に整う。それに対し中間階調の「グレーからグレー」の場合は、電圧変化が小さくなるため、液晶分子がゆっくりと向きを変える。 つまり、最初の色から目的の色に変わるまでの時間が長くなるのだ(応答速度が低速になる)。

 

 イメージとしては、オーディオ機器のボリュームつまみを思い浮かべてほしい。最小ボリューム(0)から最大ボリューム(100)に変えるには、何も考えずにつまみを目一杯回転させればよい。 しかし、例えばボリューム「15」からボリューム「57」に変えるときは、つまみをある程度ゆっくり回さないと数字をぴったり合わせられないだろう(指先の感覚的な慣れは除く)。 液晶ディスプレイの階調と応答速度の関係も、これと似たようなものと言える。

 

 また、中間階調の応答速度は、液晶ディスプレイの駆動方式によっても大きく異なる。 駆動方式の詳細は省くが、現在の主流はTN系で、VA系、 IPS系と続く。基本的には製造コストが安い順と考えてよく、また、「黒→白→黒」の応答速度をもっとも高くしやすいのもTN系だ。

 

 その反面、TN系の応答速度は、中間階調だと急激に遅くなる。「黒→白→黒」では10ms前後の応答速度でも、中間階調では数十msまで落ち込むことも珍しくない。 現在市場に出回っている液晶ディスプレイ製品は大部分がTN系だが、カタログやWebサイトではこうした応答速度の特性に触れず、「黒 →白→黒」の数字のみ強調されているのが問題なのである。

 

 VA系の応答速度も、TN系と同じ傾向がある。IPS系は階調全域で応答速度のバラつきが小さいという特徴を持つが、応答速度そのものを高速化しにくいのが弱点だ。

 

 もう1つ、購入する側にとってやっかいなのは、駆動方式を明確に公開している製品が少ないことだ。 少々邪推すると、液晶ディスプレイ製品の大部分を占めるTN系はVA系やIPS系に比べて視野角や画質(おもに色調と階調表現)で劣る製品が多いため、TN系を採用しているベンダーは駆動方式を公開したくないのかもしれない。

 

 駆動方式は製品選びに有益かつ重要な情報なので、筆者は公開すべきだと思う。各ベンダーには一考して頂きたいものだ。ちなみに、視野角の上下が異なる数字だったり、応答速度が「12ms」以下なら、TN系だと思ってよい。

中間階調の応答速度が重視され始めた

 中間階調の応答速度に関する問題点は業界でも認識されており、高速化と情報公開の気運が高まってきている。

 

 まず、高速化では、「オーバードライブ」を搭載した液晶ディスプレイが増えてきた。オーバードライブとは、中間階調の応答速度を高速化する技術の1つで、液晶テレビでも広く使われているものだ。

 

 オーバードライブでは、中間階調から中間階調に色を変えるときに、液晶分子にかける電圧の変化を通常より大きくすることで、中間階調の応答速度を改善する。 階調にほぼ忠実な電圧変化をかける従来の仕組みよりも、目的の階調に達するまでの時間が短縮される。瞬間的には目的の階調を通り過ぎるレベルの電圧変化が発生するが、数msの出来事なので人間の目には感じられない。

オーバードライブ回路の有無で比較したグラフ

階調が変わるときの電圧変化をオーバードライブ回路の有無で比較したグラフ。 縦軸は輝度(階調レベルではない)、横軸は時間で、低輝度状態から高輝度状態に移行・安定するまでの時間が短いほど応答速度が高い。 オーバードライブありの方が急激にグラフが立ち上がり、目的の輝度レベルに達するまでの時間が短いことが分かる。

 

また、オーバードライブありのグラフを見ると、目的の輝度レベルに達する手前で、その輝度レベルを超える電圧がかかっている(現象としては画面が瞬間的に明るくなる)。これをオーバーシュートといい、オーバードライブの「かけ具合」だと考えればよい。応答速度の高速化ばかりに注力すると、オーバーシュートが大きくなって視覚的な画質が落ちてしまう。逆に、オーバーシュートを抑えすぎると、応答速度の高速化の度合いが低くなる。オーバードライブの「かけ具合」は、メーカーの重要なノウハウだ

オーバードライブなし
オーバードライブあり
階調変化の応答速度をオーバードライブ回路の有無で比較したグラフ(「0」が黒、「255」が白)。上がオーバードライブなし、下がオーバードライブありで、 下のグラフでは各階調レベルの応答速度が比較的高速に揃っているのに対し、上のグラフでは中間階調の応答速度がかなり遅く、階調レベルによるばらつきも大きい

 

 オーバードライブ搭載の液晶ディスプレイには、ナナオの「FlexScan M170/M190」や「同S1910」、「同S2110W」などがある。 それ以外でも、スペックの応答速度の部分に「中間階調」や「Gray to Gray」といった言葉と数値が書かれている製品は、オーバードライブを搭載していると思ってまず間違いない。

 

 情報公開という観点では、中間階調の応答速度を測定して公開するための統一規格の策定が、「VESA(Video Electronics Standards Association)」のワーキンググループで進められている。 2004年の秋頃から、最終フェーズの一歩手前で議論がまとまらず膠着状態になっているようだが、各ベンダーは策定を見越して着々とノウハウとデータを蓄積している。

 

 現時点での情報をまとめると、VESAで策定予定の統一規格では、人間の目の動きを考慮して応答速度を算出するようだ。このため、計測器で単純に測定した数値よりも、若干遅い数値が出るという。 また、液晶ディスプレイに限らず、CRTやPDP(Plasma Display Panel)といった表示デバイスの応答速度を、統一条件で計測できる仕様なのもポイントだ。

 

 応答速度の測定に用いられる「色」は、今のところ「黒」「白」「グレー」だけのようだ。数値でいうと、黒が「0」、白が「255」、グレーが「1~254」となる。 グレーに関しては、計測する始点と終点の階調もまだ決まっていない。

 

 それ以外の「色」については、中間階調(Gray to Gray)の応答速度が目安になるだろう。 液晶ディスプレイでは、RGBカラーフィルタを設けた3つのサブピクセルによって画面上の1ピクセルが構成され、表示する「色」によって各サブピクセルにかかる電圧も異なる。 このため、色変化の始点と終点において、RGBのいずれかが「0」もしくは「255」である色よりは、「1~254」である色のほうがはるかに多いからである。

 

 VESAの統一規格が正式に採用されるようになれば、実態との乖離が大きかった「黒→白→黒」の応答速度だけでなく、より実用に即した中間階調の応答速度がスペックに加えられるようになるはずだ。 製品を選ぶ際の客観的な判断材料となるだけに、ユーザーにとってはありがたいことである。

応答速度を重視して液晶ディスプレイを選ぶには

 PCで動画を見たり、アクション系やシューティング系のゲームをプレイするには、応答速度は基本的に高速な方がよい。ただ、これまで述べてきたように、スペックの数字はあまり参考にならない。 「オーバードライブ搭載」や、「中間階調」の応答速度、あるいは「Gray to Gray」の応答速度が明記され、さらに数字も小さい製品がベストだ。

 

 こうした記述がある製品はまだまだ少数派だが、スペックの応答速度が「8ms」の製品にも注目したい。あるメーカーの関係者に伺ったところ、「黒→白→黒」の応答速度が「8ms」の製品は、 中間階調の応答速度もなかなか良好とのことだ(実際の数値は分からなかったが)。

 

 ただし、応答速度「8ms」を実現した製品は、今のところTN系の液晶パネルを採用したものしか存在しない。視野角による色変化の大きさや階調性など、静止画ベースの画質には多少の妥協が必要だ。

 

 また、最近のナナオが力を入れている「VA系の液晶パネル+オーバードライブ」という組み合わせも有力だ。 VA系の液晶パネルはTN系よりも視野角や画質面で優れているほか、ナナオ製品では内部10ビットもしくは14ビットのガンマ補正によって色の再現性と階調性も高い。 応答速度の絶対値ではTN 系の「8ms」製品に負けるが、幅広い用途で快適に使えるユーティリティープレイヤーである。

 

 最後に余談を1つ。液晶ディスプレイの応答速度は、温度が高いと高速になる。液晶分子には粘度があるため、温度が高くなると動きがスムーズになるからだ。 これからの季節、エアコンの設定温度を高くして試してみてはいかがだろうか。応答速度の向上、電気代の節約、地球温暖化防止貢献と、良いことずくめである。

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