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クリエイティブ

株式会社キュー・テック 様 × 「劇場版 ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」

大ヒット映画「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」
Dolby Cinema版の最終色確認にColorEdge CG3146が活躍

ヴァイオレット・エヴァーガーデン キービジュアル©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 京都アニメーション制作の大ヒット映画「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」が、日本の新作劇場用アニメーションでは初めて、「Dolby Cinema」で公開となり、その映像の美しさが話題となっています。
「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」公式Webサイトはこちら

 Dolby Cinemaは、広域で鮮明な色彩と幅広いコントラストを表現するハイダイナミックレンジ(HDR)を特長とする映像「Dolby Vision」と、よりリアルなサウンドを目指した音響システム「Dolby Atmos」を採用した上映環境です。

 同映画のDolby Cinema版公開にあたり、株式会社キュー・テックにてHDRカラーグレーディング・アップコンバートを実施。そのシミュレーショングレーディング・監督チェック用に、当社ColorEdge PROMINENCE CG3146が使用されました。その制作ワークフローやCG3146の使用感について、「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」石立 太一監督、株式会社キュー・テック テクニカル推進部 部長/シニアカラリスト 今塚 誠氏にお話を伺いました。

石立監督と株式会社キュー・テック 今塚氏左:石立監督
右:株式会社キュー・テック 今塚氏

(感染症予防対策として、取材時はマスクを着用してお答えいただいています。)

「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」Dolby Cinema版公開のきっかけを教えてください。

石立氏:通常版の公開後、配給会社の松竹さんから提案をいただき、まずテストという形で進めました。私自身もDolby Cinemaを見たことがなかったので、漠然と画質が良くなるのだろうという認識でした。

作り手としては、一度完成させたものを再度調整することで、作品性・意図から外れてしまわないかを心配していたのですが、意図を汲んだ上でより良くできるのであれば、ということで挑戦しました。キュー・テックで短いテスト映像を見たときに、きちんと意図を汲んだものになると確信できたため、進めました。
 
石立氏

 

今塚氏

今塚氏:やはり実際に見ていただかないとわからないので、比較映像を作ってお見せしました。

通常版とDolby Cinema版で、全体の印象が変わってしまうことが懸念事項でしたので、4K HDRをいかにも醸し出したような印象ではなく、あくまでナチュラルに、Dolby Cinemaの得意としている暗部・ハイライトを上手に使いたいと考えました。我々も新作アニメでの4K HDR化は初めてで、チャレンジでした。

実際の作業について教えてください。

石立氏:実際に作業が始まったのは10月に入ってからでした。テストの後、具体的に調整していただいたものを改めて見たときに、シーンによって効果の出方や印象値に幅があることに初めて気が付きました。

そこで、今塚さんにシーンごとに細やかにカラーグレーディングを工夫いただいた結果、元の印象を壊さずにDolby Cinemaの良いところを活かした映像に仕上げることができました。追加料金を支払いDolby Cinema版をご覧になるお客様に、付加価値を提供できるクオリティとなりました。今塚さんはじめ、テクニカルなところで徒労してくださった方々のお力のおかげと思っています。

今塚氏:実際の作業は、編集はグラスバレー社のRio、カラーグレーディングツールはブラックマジックデザイン社のDaVinici Resolveで行いました。モニターはEIZOのCG3146を使用しました。

フローとしては、まず2K SDRから4K HDRにアップコンバートしました。本来は4K HDR仕様の1000nitsマスターを作った後にDolby Vision上映という流れなのですが、今回はSDRのものしかありませんので、まず4K SDR版を作りました。そこからダイレクトに108nitsに変換しているので、1000nitsでつくったものから108nitsを生成するよりも、オリジナルからやった方がきちんと意図に沿った映像が作れます。このフローは私も初めてだったのですが、本当の意味でDolby Cinema用に輝度を調整できたと思います。

カラーグレーディングの様子
カラーグレーディングの様子

HDRリファレンスモニター「ColorEdge PROMINENCE CG3146」の使用感について教えてください。

今塚氏:EIZOのCG3146は、シミュレーショングレーディング・監督のチェック用のリファレンスマスターモニターとして使用しました。CG3146は以前弊社で検証していまして、高輝度がきちんと表示できることや階調表現が滑らかなことなど、HDRでのリファレンスに十分なクオリティがあることを知っていました。

監督は暗部の再現性を非常に気にされていました。暗部階調を再現する際、Dolby Cinemaの特長を活かして暗部の色再現性や黒の締まり具合を確認するためには、液晶かつ反射の少ないアンチグレアパネルが理想と考え、CG3146を選択しました。目で見た印象で左右される部分は大きいですからね。この作品は暗部における表現が重要でしたので、リアルに間違いなく表現したいと思いました。HDRでは、よりモニターの重要性が高まってくると思います。

石立氏:そういう意味では、劇場作品を作るにはモニターは本当に重要な要素だと思います。TV作品の場合は、有機ELや液晶で見る人もいれば、ブラウン管で見ている人もいるかもしれないし、視聴環境がそれぞれ異なります。それに対して映画は、少なくとも劇場や、今回のDolby Cinemaはもっとわかりやすく、どこに向けて作るかがはっきりしているので、完成させる映像を狙って作れば作るほどお客様にダイレクトに届く醍醐味を感じました。

4K HDR化で目指した表現について教えてください。

石立氏:HDRの効果として、ハイライトも暗部もダイナミックレンジが広がると聞いていましたが、この作品は電気もまだ普及していない頃の話で、ロウソクの光や自然光、暗いシーンが多くありますので、どちらかというと暗部の見え方をより重視していました。ハイライトは、ぼんやりと光っている街並みの明かりや、海の太陽が反射したキラキラした感じを少しだけ調整してもらいました。

劇場で見て、特に背景において暗部の表現力には感心させられました。今までは、制作現場で確認しているモニターでは見えていても、劇場では潰れていたりぼんやりして見えなかったり…という印象がありました。それがディテールまできれいに出ていて、モニターで見ている印象と近づいたように感じました。そういう意味では、Dolby Cinemaで鑑賞すれば、制作側の意図により近いものを見ていただけると思います。
4Kに関しては、アニメはB4ほどの紙に描いたものをスクリーンサイズに引き延ばすので、どうしても引き延ばした感じになってしまう辛さがあるのですが、そういった印象になっていないことに感心しました。

今塚氏:作業に関して、監督から2つ指示がありました。

1つ目は、4Kにアップコンバートする際に、元のフルHDと印象が変わらないこと。
変換には当社の高画質変換技術「FORS EX PICTURE」を使ったのですが、「4Kらしさ」を追求しすぎるトレス線を強調するような処理はせず、トレス線周りに出ているわずかな圧縮ノイズとYUV特有の色ズレのみを除去しています。もともと非常にきれいな描画なので、できるだけ壊したくないという思いがありました。またこの作品は、トレス線に色を持つ独特な手法で描かれています。それが消えないように、ナチュラルなスケールアップを実現しました。

2つ目は、作りこんだアニメーション全体のバランスを、HDRでも崩さないこと。
ストーリーを妨げず、奥行き感と没入感を醸し出せるような輝度調整を行っています。具体的には、監督から指示があったシーンと、私から提案したシーンにおいて輝度調整をしました。特に監督からの指示で調整したシーン、例えばシーン替わりで次のストーリーに行く前の「余韻」などは、調整することで、ストーリーを壊さずにHDR感を味わえる映像に変化しました。その変化を見て、監督の感性の鋭さを感じました。

今作品は、背景も非常にきれいで、立体感があって吸い込まれるような感じがします。光が強いと一瞬にして没入感が抜けてしまうことがあるので、ハイライトはすごく注意しながら進めました。太陽や灯台の光はあえて触らないようにしています。この作品の持ち味となっている、美しい描画の世界にいざなうためのHDR効果を漂わせています。

制作において苦労されたことはありますか?

今塚氏:暗部の扱いには苦労しました。Dolby Cinemaは思った以上に暗部のディテールが見えます。そうするとトレス線も見えてきてしまいます。そこで監督から、トレス線を細く柔らかくしたいという難しい要望がありました。私の方で、トレス線に周波数帯のフィルタリングをかけて、さらに3つのパラメーターを作ってシーンごとに適用しました。ノイズやジャギー感がなくなったきれいな状態ではありましたが、この作品は、「曖昧さ」が大切な作品です。なんとしてもその印象を壊さずに見せたいと思い、工夫を重ねました。最後の最後で監督からOKを出していただいて…本当に安心しました(笑)

石立氏:アニメーションは、アウトラインを鉛筆の線、真っ黒ではないですが締まった暗い色で境界線を区切って、動かして見せる手法です。背景とセル(キャラクター)、表現の仕方が異なるものを重ねて一枚の絵を作っています。この作品はなるべくその境界線を溶かすように、一つの空間・一つの世界観として馴染ませたいという思いがあるので、トレス線に色を混ぜています。それが、暗部が締まって見えるが故に境界線がはっきりしてしまって…近づけようとしていた距離感がまた離れていくというか。なので、無茶苦茶な相談をしました(笑) 

今塚氏:暗部がしっかり見えるだけではいけないなと思いました。我々としては作品の印象を壊してはいけない、というのが第一にありますので、トレス線はなんとか解決したい、なんとかDolby Cinemaで上映したいという気持ちが強かったですね。

4K HDRでの効果について教えてください。

石立氏_2

石立氏:細かい話ですが、4K HDRでは、ある程度引いた画で、目尻にちょっと涙が…などという小さく描いたディテールもしっかり見やすくなっているのが良いと感じました。

作品性とDolby Cinemaに符号するところも多く、相性もよかったのかなと思います。この作品だったから、4K HDRアプローチの表現を見てみたいと思ってくださる方が多かったのかなと。

今塚氏: 「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」はDolby Cinemaで見る価値が非常にあります。とにかくこの作品は、暗部の表現が素晴らしいです。見ていて気持ちがいいです。暗部のディテールの大切さ、陰影の出し方はとても勉強になりました。波形モニターの情報だけではわからないので、目で見て確認できるHDRモニターは重要ですね。

4K HDRでアニメーションの表現はどのように変わっていくと思いますか。

今塚氏:いま旧作(フィルム)の実写・アニメーションどちらも手掛けているのですが、フィルムの情報量ってすごく多いのです。4K HDRになってはじめて、情報量が全部出し切れるのかなと思います。また色域も広くなったことで、当時表現できなかったことができるかもしれない、旧作なのに新たな表現ができる、と感じています。

新作アニメーションについては今回初めてでしたが、やはり暗部は非常に大切だなと思いました。2Kから4Kへのアップコンバート工程は必要なのでピュア4Kとは呼べないのかもしれませんが、画質としても十分だと思いますし、これからもっと可能性がありますね。制作で4K化が追いつかない部分は我々でフォローが可能です。今後色々な作品での4K HDRに携わっていきたいと思っています。

石立氏:私のような監督や、背景や仕上げ、色彩設計の方は、色域や表現できる幅を前提にどういう色づくりをしていくのかということについて研究を積み重ねています。今回のDolby Cinemaのような新しい技術に対しても、さらに可能性を模索していく必要があると思います。

今回は通常版が既に完成済みの作品でしたので、暗部の効果の効かせ方などの予想がつきましたが、それ以外の部分に関しては、まだ追求できる可能性があります。そういう意味では、大きい課題が目の前にある気がします。4K HDRを踏まえるとどう作るべきなのか…など、いい意味で、新しく考えないといけない要素が一つ増えたように思います。

作画もフルペーパーレスで作っているスタジオもありますし、アニメーション制作現場は現在変換期にあって、どのぐらい対応していけるかは制作会社次第です。新しい技術で表現も新しく、ステップアップしていきたいです。

 

■ご協力
「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」
作品公式ホームページ:http://violet-evergarden.jp/

株式会社キュー・テック
ホームページ:https://www.qtec.ne.jp/

ご試用製品

ColorEdge PROMINENCE CG3146

本事例の内容は取材当時のものであり、閲覧時点で変更されている可能性があります。ご了承ください。


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